2006年11月19日

「無駄な医療」とは何か??

こんにちは。

医療を語る際に避けて通れないのは「無駄な医療」に関する議論です。

経済財政諮問会議も財務省も日経新聞も「医療費削減のため無駄な医療を抑制せよ!!」と連呼しています。
診療報酬における出来高払行う無駄な検査を抑制できる、というわけです。

私の周りの非医療業界の友人も必ず医師を批判する際に「無駄な医療費」という言葉を使います。
大体イメージされているのは「老人に必要もない点滴や薬剤を大量に投与して、医療機関が金儲けしている。」というものです。

こうしたイメージとは裏腹に、何が「無駄な医療」かを医学的に判定することは実は非常に難しい場合が多いです。

そして、訴訟リスクやマスコミによるバッシングは確実にこの「無駄な医療費」を増大させます。

訴訟大国アメリカでは防衛医療(defensive medicine)という言葉が広く知られています。

このHPではアメリカの防衛医療の実態が紹介されています。

このHPによると、<<例えば頭痛の患者さんを診察する際、医師は頭痛の部位や起こり方、経過などから鑑別診断を進め、その結果、鎮痛剤の処方や「様子を見ましょう」だけの場合が多いものです。しかし、稀には脳腫瘍や脳内出血などが潜む場合もあり、過度な訴訟社会ともなれば、医師は保身のために全ての頭痛の患者さんに頭部のCT・MRI検査を指示するようになります。こういう医療がDefensive Medicineであり、訴訟社会が生んだ無駄な医療費と言うことも出来ます。>>の部分がまさに防衛医療による医療費増大にあたります。

先日の奈良・大淀で分娩中に脳出血を起こした妊婦さんが搬送までに18個の病院に受け入れ不能とされ、最終的に死亡した事件がありました。

みのもんたや小倉さんなどマスコミは「なぜもっと早くCTを撮らなかった!!」と主治医を強く批判していました。
しかし、医学的にあの状況でCTを撮って脳出血が判明したとしてもおそらく搬送は避けられなかったと思います。そうだとすると、あの状況で撮像するCTは経済財政諮問会議や日経新聞の視点では「無駄な医療費」ということになりかねません。

医療は不確実なものです。ハイリスク患者さんであればあるほど不確実性は増します。
そして非常に確率の低い病気のせいで患者が死亡してしまった場合、医療者が「確率の低い病態については医療の無駄を省くため検査を行わなかった。」と説明すればどうなるでしょう??

マスコミ、家族、そして司法は
「なぜあの検査を行わなかった!!」

「なぜあの病気を疑ってこの薬を投与しなかった!それでも医者か!!」

「たとえ0.1%でも可能性があればそれに備えるのが当然でしょう??人の命がかかっているんです。先生たちにとっては大勢いる患者さんの一人でも家族にとってはかけがえのない、お金に換えられない命なんです!!」
と口を極めて非難するのではないでしょうか??

 そしてこうした非難を防ぐためにありとあらゆる検査や投薬を行う防衛医療に陥れば、
「無駄な検査による医療費高騰を許すな!!包括払い性を拡大しろ!!!」
と日経新聞や経済財政諮問会議に批判されます。

まさに進むも地獄、退くも地獄です。
これではやっていられない、と現場のスタッフが考えるのも無理はありません。
いま、救急や産科、小児科などハイリスク診療科の第一線の医師が次々と疲弊して現場を離れていっています。背景にはこうした事情があることを少しでも知っていただければと思います。

万全な医療を求めれば、どうしても「結果的に無駄な医療費」は増大します。
「無駄な医療費」を削減すれば、どうしても万全な医療とはいきません。

ならば相応の負担をできる方だけが万全な医療を要求する権利がある、と考えるのがアメリカ型医療です。@の路線ですね。

国民皆保険なんだからある程度の質で我慢しようよ、というのが北欧流です。Aの路線です。

両方を追い求めて不可能を現場に強い続け、医療が決定的に崩壊したのがイギリスでBの路線です。患者も医者もイギリスから逃げ出してしまったそうです。

日本国民はどの選択肢を選ぶのでしょうか??


posted by たけ先生 at 17:26| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近の医療訴訟を見ていると、日本国民はBを選びつつあるのかなぁと思ってしまいますね。
医療事故(もしくは誤診)の対象となった家族の気持ちを考えれば、自分の家族の命を奪った医師がなんの咎めも受けずにいるのは、許せないと思うのは当然です。僕も自分の家族がそうなったら許せるとは思えません。
しかし、医師が完璧でないのも間違いなく、それを攻めることが正しいのかも判断が難しいですね。優秀な人材が投入されているのは間違いないですが、ヒューマンエラーは誰にでも起こりえるわけですから。
何が正しいかは難しいところですが、日本人全体で、一度立ち止まってしっかり考える必要はありそうですね。
Posted by おしお at 2006年11月20日 12:40
はじめまして。いつも興味深く拝見しております。
今の様子だと国民はB、政府は@を目指しているのでしょうか?

いずれにせよ脆弱な私には苦しくてもう耐えられそうにないので、今は先生の同業者をしておりますが5年以内には転職したいと考えています。
Posted by GM at 2006年11月20日 15:35
 おしおさん、「自分の家族の命を奪った医師」、ここが根本的な事実誤認であると思います。「命を奪った」のは病気であり、事故です。
 あとから批評家的に振り返り、「あのときああしていれば助かる可能性があった。」を「家族を医師に殺された。」と思われるのはたまったものではありません。
 世界中で医療事故を警察が捜査しているのは日本だけです。
 乱暴な比較ですが、「あのときあの株を売り抜けていれば儲かったはずなのに、売り抜けなかったのはお前の過失だ。」と裁判所に認定されたり逮捕されたりするる世界で、株式投資できますでしょうか??
 「医師がなんの咎めも受けずにいるのは、許せない。」
 個人を咎めないと気がすまない、というのは教育、政治、医療、すべてに共通する日本の悪弊ではないでしょうか??
 個人を咎めて、一件落着して、事件を消費してシステムの問題は何も解決されず、また同じことが繰り返される・・・。
 耐震偽装の問題、何も解決していないのにオジャマモンを逮捕してもう誰も覚えてませんよね??ライブドアも同じです。いまだにインチキとしか思えない新興企業が続々上場しています。 この国の一番良くないところだと思います。
 
 医学は投資と同じく、セオリーはあるものの不確実なものです、どこまでお金をかけても確実はありません。
 「絶対儲かる」投資がないのと同じです。

 知人のベテラン医師が「誰でも治せる病気が6割、誰も治せない病気が3割5分、5分が医師の腕次第だ。」と言っていました。
 おしおさんのお気持ちは典型的な日本人の民意と思います。だからこそ、この問題は絶望的なほどに解決不能ではないかと懸念しています。
Posted by たけ先生 at 2006年11月22日 23:18
GM先生、はじめまして。
先生は救急医でしょうか??

私も医師の仕事はやりがいがあるのですが、これではモチベーションが下がりますよね・・・。
テレビではいい加減なタレント女医が無責任なことばかり言っていますし、まじめにやってる医師ほど、非難されるリスクが高い・・・。理不尽ですよね。

いっそアメリカ型のほうがスッキリするかもしれませんね。
Posted by たけ先生 at 2006年11月22日 23:21
はじめてコメントいたします。
世の中にはたくさんの人が病気や怪我で困っていますよね。
そんな方々に物理的にも精神的にも、手助けできることはないかと日々模索しています。
私は肝臓移植や腎臓移植などの臓器移植について勉強中です。
少しでも多くの人たちを助けらればと考え、微力ながらも行動しています。
こちらのサイトは参考になり大変助かりました。
ありがとうございました。
Posted by 肝臓移植について at 2011年04月07日 14:24
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